治療の理論的枠組み
治療の理論的な枠組としては次の3つがあげられる。
要約
⑴ 原因除去療法
⑵ 病変改善療法
⑶ 回復療法⑴ 原因除去療法(initial preparation) — 枠組の第一は原因完全排除の治療
① 外因の除去
② 素因の排除(V・M・Nの回復と増強)
口腔疾患の主なる原因はプラークの停滞であるが、ホストの状態を軽視することはできない。プラーク・コントロールと同様に強調されねばならない。
原因除去は治療のための不可欠な条件で、病変が軽度で自然治癒力が強く発動する場合、この処置だけで治癒する。う蝕症は自然治癒力を欠く特異な疾患である
V・M・Nを期待できぬ組織の進行性病変部は切除されなければならないし、切除された結果は健康(牙質)組織が裸出したままで、再生も癒合も行われず、治癒することはない。
そこに再び原因が強力に襲いかかる場合は、いっそう悪化させる結果となる。
この原則から、う蝕症治療を行う場合、具体的方法としては、適正なブラッシングの励行によって周囲環境を可及的完全に清潔に保つことであると同時に、擦過刺激とマッサージ作用による支持組織の回復力、抵抗力の賦活が達成されなければならない。
病変組織除去手術(病変改善療法)前に術者によって行われるこの治療処置 initial therapy の内容は、予防の目的で行われる dental prophylaxis とほぼ同様であるが、その効果を完全にするためには,毎食後処置を行わなければならないということから、患者に療養として代行補助させる以外に方法はない治療法である。
重要不可欠な治療処置でありながら、主治医によって効果をあげることのできない治療法であるために、その成功はただ指導の如何によってのみ導かれるものである。
⑵ 病変改善療法
これは病変組織の改善を目的とする治療で、現症の緩解つまり対症療法であり、外科的療法であったりする。
原因除去療法によって緩解してもなお病変部が進行し悪化する場合は、切開・切除などが行われる。
う蝕歯の自然治癒は望めない、即ち病変組織は止まるところなく進行・増悪するために、感染牙質の完全除去(歯髄切断除去処置を含む場合もある)、廓清手術を行うことになる。
この治療処置は、まず患者の病変に対する理解を促し、次に進められる病変組織の改善処置方法の十分な理解と、処置後の良結果に対する希望と、自分の受け持つ治療分担(療養)の遂行の実績と熱意が確かめられた後に、始められなければならない。咬頭の崩壊や隣接面部の欠損の修復を必要とする場合、その病状成立までの長期間、咀嚼回避、偏位性咬合の習慣などが成立し、そのため支持組織は弛緩状態にあり、したがってそれらの組織の健全化を計ったあとでなければ、装着後咬合の不具を起こすことは必至である。
この期間中も療養の課目は適正に励行され、暫間修復によって咬合を回復し、支持組織の回復健康化が達成され、はじめて永久保護包帯の意味をもつ修復が行われなければならない。
これが歯冠修復処置である。
⑶ 回復療法
臨床的治癒から全治に至るまでの回復治療法で、主治療の良好な成果を高め維持存続させ、早く全治に導き、再燃再発の完全防止と健康増進を計るオーラル・ハイジーンを定着させるための、重要な治療処置である。
つまり、一般にはいわゆるメインテナンスが主に行われる期間である。
このメインテナンスという言葉の歯科医療における訳出は誤解を招きやすいので、わたくしは療養という字句を用いることを1965年発行の「歯界展望臨時増刊 ペリオのすべて」に発表以来、提唱し続けている。
その内容は口腔内の清潔保持であり、プラーク・コントロールであり、局所組織の賦活のための適正なブラッシングの励行であり、食物・食事の矯正であり、休息・運動・精神の安静などの生活環境の改善が第一義的な治療処置、すなわち練磨された技術の効果を確実にする外環としての医療であり、患者への重要不可欠な働きかけである。暫間修復処置によって創面を保護し校合を回復し、療養の励行により支持組織の健全化が達成され、はじめて永久保護包帯また形態・機能回復のための歯冠修復処置が行われる。
だから、永続的に保護する性質と欠損部の機能を回復する目的を併せもつことを条件とすると共に、付近組織に悪影響を及ぼすことがないものでなければならない。
だから、歯牙修復ののちは絶えず注意しなければならない。
だから、保持ができるだけ長く,安心できるような方法に改善されなければならない。
だから、二次う蝕、二次歯周病を起こすような処置、材質であってはならない。
だから、どのように完全な処置、最高の材料であっても、再発が必至のような環境をそのままにすることはできない。
だから、保持存続の条件は重要な問題となる。これを有利に解決するための外形すなわち、保持抵抗の形態形成である。修復物外形線の決定に際し、二次う蝕を避けるために不可欠な条件として先天性不浄域を避けるか、あるいはそれを予防的に包含するように教育されているが、19世紀末G.V.Blackがアメリカの食生活を通してのアメリカ人の中に設定したこの範囲は、現在の日本人にはほとんど当てはまらない。
不浄域は現在の食事(粘性,軟性,糖性)と不完全な口腔衛生状態では、口腔常住細菌の異常繁殖(歯垢の停滞)がほとんど全歯面に広がり、う蝕の多発再発は必至の状態となっている。
そのようなものを予防的に包含しようという考えでの予防拡大は、ある歯面だけではなく、その歯全体に、すなわち全部被覆冠へと発展するし、やがては口腔すべての歯牙に冠を被覆しなければならない。しかし、これらは全て必ず歯周疾患を誘発し増悪させる。そして不快と咀嚼不能とが続き、短期間で抜歯になる。
ピット・フィシャーにおける予防拡大は、健康な組織を好発部位であるからということで予防のために削除し、修復の範囲に包含するのでは決してなく、正しくはすでに組織的に疾病を持つ病変組織を廓清する処置であって、それは修復物の保持と咬合圧に抵抗するために必要な最少範囲のなかに含まれるものである。
以上の条件を満足させるために、一世紀程前に全部被覆冠が行われるようになった。しかし、歯肉縁下に冠縁を設定密着させるということは、簡単にできるものではない。特に私が臨床を始めた40年前はほとんどが縫成バンド冠であったために、この点が絶対不可能であったし、また一部論点は残るが、歯冠歯頚部豊隆の形成コンタクト・ポイントの回復を含めての歯間鼓形空隙形成(contour embrasure)についてもバンド形成は至難の技で、したがって歯周病の誘発につながってくる。
その点の解決のために鋳造法を実行し、40年間の臨床の間に1歯の縫成バンド冠も行わず、ほとんど鋳造被覆冠を実施してきた。しかし、鋳造(部分)被覆冠にも多くの問題点は残る。最も重要と思われるセメント装着時の浮き上がりについてだけ述べる。
セメント流出を容易にする方法
A:咬合面に孔をあける
B:軸面の間隙を広くする
C:咬合面及び軸面の間隙を広くする
D:歯茎縁部を残して、他は平均に間隙を作る
E:E'のワックス・パターンをE"の斑点部を削り取り黒い部分だけとする(片山法)(A〜C:補綴誌 3巻 2号 吉田恵夫ら論文より)
部分被覆冠 ―その問題点―
- 修復物と歯面の接触面をなるべく少なくすること。完全に密着させるのは修復物の辺徹郎と圧入方向に平行な形成歯固に接する固の1.5mm程度だけで、平行面以外の面はすべて無接触になるよう、ワックス・パターンの内面を削除形成しておくこと。
- セメントの練和は使用セメントの要求する練和術式を厳守すること。
- 接着圧は30 kg を目標に、装着方向に正しく平行に荷重すること。
それでもなお、たまにセットに失敗することがある。そういう場合でもオーラル・ハイジーンが良好であれば、これだけ保存されている。これは可浄域だからではなく、良好なハイジーンの故である。
このハイジーンの効果はこのような治療の解釈のもとに、患者自身みずから治療に参加し、おのが治療分担によって培われたハイジーンの成果である。
これが治療完了後も終世衛生習慣として定着することは、患者自身体得した治療効果とそれによって獲得できた清潔感、健康感である。
つまり、一時もやめられないほどのエモーショナルな生活感によるものである。ちなみに、ここに2冊の本がある。
- 1冊は、Goldman,et al. のPeriodontal therapy(5th ed.)であり、
- もう1冊は著者自身献辞とサインを扉に添えて送ってくださったGoldman,et al. のCurrent therapy in dentistry (vol.5,1974)である。
(これは大学院生向けのテキスト・ブックで、2年目ごとに書き改められている。今回だけは4年の間隔なので、そのせいか完全に書き改められている。であるから、一応アメリカ歯科医学の最新定本ということができると思う)
- 31章 Restorative dentistry and periodontal health
多くの研究者の研究結果を取りあげ、冠縁は歯肉部にできるだけ近づけないこと、つまり部分被覆を推奨している。
- 32章 Periodontal prosthesis
すべての修復処置は厳密に考えて歯周組織を守るだけでなく、根本的性質として、その健全化を育成するような補綴でなければならないとしている。
- Periodontal therapy の第17章
修復処置の必要な場合にも、歯周組織の健全化を永続的病因の排除によって確立することを、治療の枠組みとして取りあげている。
以上述べたような歯科治療のなかでのオーラル・ハイジーン、歯科治療の本質的、基礎的な、したがって不可欠な治療法 initial preparation を軸として術者の行う原因除去療法⇒患者が療養として行うphysiotherapy(おもに適正なブラッシング)の励行があらゆる歯科修復処置に先行して行われ、この physiotherapy⇒oralhygiene 確立なくしてあらゆる歯科治療を進めないほどの確固とした態度が歯科医療人の責任であり、義務であり、モラルであることを銘記すべきである。
(症例画像は、論文に掲載されていたものではなく、同症例の別の画像を使用しています)症例
ピン保持、歯髄保護。ピンとマージン以外は歯面に接触しないよう、ワックス・パターンを削去。近心隣接面は削去せず、不適合部100μ程度であるが、18年間変化がなかった。ハイジーン効果が認められる。
症例
17年目に咬耗によって金属が破折した。ハイジーン効果によりう蝕は進行せず、脱離、歯牙破砕はなかった。
む す び
現状では全く至難であると思われるような歯科治療の進め方の改革を、日常的なのなかでどのようにして可能にするか。
最も的な方法はなにか。
これこそが現在の歯科医療の最大の問題といえよう。以下実際、臨床のなかでの方法を略記して結論に変えたい。
- 医療は、医者が行う治療と患者が行う療養と、その両者を円滑に進める介補者(control therapistとしての看護婦,歯科衛生上)の三者三様の円満な協調の上にこそ、最大の治療効果が生まれる(療養の励行をとおして、患者の治療参加)。
- 適正な療養の課目(主としてブラッシング)の励行を可能にする情報提供、すなわちモチベーション。“最も効果的な方法”として、約25年前から日常臨床で行っている一連の組み合わされた方法。
(1)病因を理解させるための歯垢の内容の説明。患者自身の歯垢の内容説明のための検鏡法。
(2)歯垢残留の程度を明示する、歯垢染め出し法。
(3)歯周病の存在とその程度の認知法。(盲嚢の有無、その程度、排膿の量)
(4)これらによって知識を得、病状を認識し、モチベートされたあと、
最も適当な方法を選択して、術者の手で完全に歯垢を洗い落とし、所要時間を測定する。
ブラッシングの方法についてだけでなく、歯肉に加わる圧力を感覚で会得させ、全く同様な方法を自ら実行することの同意を得る。
- 次回からの処置前に必ず口腔清掃状態を染め出し法によって評価させ、技法コントロールの相談を受ける。
そのときの染め出し液は、複合酸化還元指示薬(Two-tone dye KATAYAMA. T. jr., et al.)を用いることが望ましい。
(この染め出し液は、数日前から残留したプラークと新鮮なプラークの新陳状態を2色に明示できるためである)
- 初診時のカラーフィルムによる記録(スライド)と、現状との比較,療養効果の評価、食事など生活全般のコントロールの相談を受ける。
生命は短く、学術は永い。
好機は過ぎ去りやすく、経験は過ち多く、決断は困難である。
医師はみずから自己の務めを果たすだけでなく患者にも看護者にも、また環境にも協力させる用意がなくてはならない。
(ヒポクラテス箴言集第一章)
補綴臨床 第8巻・第1号:昭和50年3月より
- 医療は、医者が行う治療と患者が行う療養と、その両者を円滑に進める介補者(control therapistとしての看護婦,歯科衛生上)の三者三様の円満な協調の上にこそ、最大の治療効果が生まれる(療養の励行をとおして、患者の治療参加)。